ニーナのジュリエット

グルジア国立バレエ団「ロミオとジュリエット」
2月の最終週末は、ちょっと遠出して「びわ湖ホール」まで遠征してきた。

以前から、仕事で何度か訪れていた。湖畔に建つこの美しい馬蹄形のホールで、一度はオペラかバレエを観てみたいと思っていたのだ。正面の出入り口からお客として入場するのは初めて。最寄り駅が、まるで都電か江ノ電の電停のようなローカルさ、そんなノスタルジックな駅を降りて歩くこと数分。ホールについてみるとそこだけ別世界のような堂々としたたたずまい….このギャップも、なんとも面白い。
2両編成の電車には、何やらバイオリンケースをかかえた女性が乗っていた。降車駅も同じで、向かう方向も同じ。「あれ、もしかして….?」と思っていたら、その女性は、正に、ホールの楽屋口へ吸い込まれていった。いくらなんでもオケメンバーが開演の15分前に楽屋入りって….。ちょっとびっくりである。

キャストはジュリエットにバレエ団の芸術監督であるニーナ・アナニアシビリ、ロミオにアンドレイ・ウヴァーロフ、マキューシオに岩田守弘さんという日本でもお馴染みのボリショイ・メンバーが客演、あとはバレエ団のメンバーが務める。以前の来日公演で、やはりニーナ+ウヴァーロフの組み合わせで「白鳥の湖」を観たが、バレエ団のメンバーもフレッシュな緊張感があって、好感を持った。今回はどうだろう??

あくまでも個人的な好みだが、「ロミオとジュリエット」という作品は、主役2名のみならず、脇を固めるキャストがハマってくれないと物足りない。踊りだけでなく、それぞれのキャラクターの気性や個性がしっかり演じられること、また、スピーディに進むストーリーをできるだけスムーズな場面転換で流れを途切れさせることなく展開していくことが、観客をひきこむキーポイントになっていると思う。

キャストでいえば、ティボルトとマキューシオは特に重要だ。ティボルトを演じたのはイラクリ・バフターゼ。高すぎるぐらい大きな鼻が目を引く。プログラムによると『白鳥…』のロットバルトもレパートリーに入っているところから、ヒールのキャラクテールなのだろう。悪くない….のだが、今ひとつインパクトに欠けるのが残念。いや、彼のせいではないのかも。何しろロミオがウヴァーロフなのだから。

で、もう一方、ついつい注目してしまうのがマキューシオ。ここはベテランの岩田守弘さんが務めていたが、いかんせんウヴァーロフのロミオが相手ではバランスが悪すぎる。陽気でいつも弾けているマキューシオ自体は、小柄な男性でもイメージを損なわないが、ウヴァーロフと並んでしまうと、まるで大人と子供のようになってしまう。言い方は悪いが、これではまるで罰ゲームだ。彼なりにすごく頑張っていたと思うし、ティボルトとやり合って絶命するところなんかは、迫真の演技だったのだが、いや、とにかくビジュアルのバランスが…..うーむ。

そもそも、ウヴァーロフのロミオが….なんか大人すぎる。一目惚れで突っ走ってしまう若者のイメージにはどうも合わない。でも、ニーナとのカップルバランスは抜群なのだ。ニーナがジュリエットなら、やはりウヴァーロフあたりにロミオをやって欲しい。じゃあ、それに見合うティボルトとマキューシオって….?? ツィスカリーゼでも持ってくるか? パリスはメルクリエフあたりが適当か?….なんて考え出したら、もう、ボリショイじゃないとキャストが成り立たなくなってしまう。
結局、バレエ団としては、出来る限りのキャストを組んできたのだろうから、これをどうこう言うのは無理なんだろうな、という結論に達した。

で、肝心のニーナとウヴァーロフ。やはりすばらしかった。アラフォーどころかオバフォーのニーナは、全盛期に比べれば、その身体迫ヘが落ちたことは否めないが、あくまでも可憐で、ロミオを恋する一途さも無鉄砲さも、弾けるような情熱も、ジュリエットそのもの。一体どうやったらあんな風に阜サできるのか、驚かされるばかりだ。
ウヴァーロフの方も、バレリーナとしては大柄なニーナを、グラン・リフトしたまま階段を登るなど、ぶっちゃけ、かなりしんどいだろうに、しっかりとサポートをしていて、かつ、自分の踊りも演技もしっかりやりきって全く隙がない。この二人は、本当に化学反応でもおこしているかのように、二人の世界を作り上げる。第3幕で、ジュリエットが自らの命を断つシーンなどは、引き込まれて思わず涙ぐんでしまった。

演出やキャストには、多少、不完全燃焼な部分もあるが、とにかくこの二人の全幕公演を観られただけでも、よかった。日本でニーナの全幕を観られるのは今回の来日公演が最後になるかも知れない。悲劇の「ロミオとジュリエット」であっても、彼女からあふれ出る陽性のオーラに包まれたような舞台を観ることができた。…帰りの新幹線で、その幸せをかみしめた夜だった。