進化する白鳥

新国立劇場 「白鳥の湖」
東京でも新型インフルエンザ感染者が確認され、街中からマスクがなくなった。
外出は控えた方が、と言われても、せっかく買ったチケットを無駄にする気にはなれない。

向かったのは新国立劇場、演目は「白鳥の湖」。主演はザハロワとウヴァーロフで、今月初めの「ザハーロワのすべて」以来の””再会””だ。

新国のこのバージョンの””白鳥….””を観るのは2回目だ。1幕冒頭に挿入されているオデットが連れ去られるエピメ[ドや、4幕でロットバルト(新国では””ロートバルト””となっているが、私はこちらの方がしっくりくる)があっけなくやられてしまうところ、グリーンを基調にした、やけに爽やかな衣裳など、個人的に?と感じる演出もあるが、そうそう、プロダクションを新しくするわけにもいくまい。来シーズンにもラインナップされているところを見ると、意外と評判は良いのだろう。私の個人的な好みはさておき、「新国の白鳥はこういう物だ」、と割り切って、舞台を楽しむのが正解だ。

1幕は、明るく華やかで、舞台全体から、フレッシュなエネルギーがわき起こってくるようだった。道化の八幡顕光さんがとても良かった。軽快なジャンプ、安定したピルエット、コケティッシュな撫?Aと、どれをとっても◎。こういったキャラクテールでの活躍を大いに期待したい。
「白鳥の湖」という作品において、1幕は唯一、和やかで遊びのある場面だ。家庭教師フォルフガングを茶化したり、王子とその友人(パ・ド・トロワ)が親しげに会話を交わしたり、と、舞台のそこかしこで小芝居が繰り広げられている。生の舞台は、こういったところに注目するのも楽しい。新国のこういった小芝居は、良い意味でも悪い意味でも、優等生のお芝居、といった感じだ。惚けた芝居もなんとなく「読めて」しまい、ちょっと面白みに欠ける事があるが、決して品を落として台無しになるような事はなく、あくまでも優雅なバレエの世界を崩さない。

さて、2幕。このバレエ団で「白鳥の湖」を観るなら、とにかく2幕は外せない。息のぴったり合ったコール・ド・バレエの美しさは世界のトップレベルじゃないだろうか。聞き慣れたメロディーにのって、アラベスク・ャeで白鳥たちが出てきた瞬間に、1幕の華やかで和やかだった雰囲気が一変、幻想的でファンタジックな世界へ誘ってくれる。

そして、ザハロワ=オデットの登場である。
本当に、どうしてこんな人がこの世に存在するのだろう! 伸びやかな四肢、しなって床をつかむ脚、しなやかな背中やアームスの動き。どれもこれも、バレリーナとして思い描く理想像が、正に、目の前に舞い降りてきたかのようだ。個人的には、身体迫ヘが余りにも高いと、そればかりが目立ってしまい、クラシック作品を踊るには、人間性や叙情性とのバランスがうまくとれないと思っているが、ザハロワの場合は、有無を言う余地もない。しかも、脚は以前より更に天空を目指し、動きは一層しなやかになったようだ。もう脱帽である。理由なんかなく、とにかく「素晴らしい」のだ。グラン・アダージオでは自然に涙が出てくるほどだった。

3幕は各国のキャラクテールダンスで盛り上げてくれる。一般的にはカットされがちなルスカヤも入るフル・プログラムだが、飽きることなく、ジークフリード王子の花嫁を選ぶ豪華な舞踏会が繰り広げられていく。
改めて、全幕の王子をやるウヴァーロフに感心してしまった。柔らかな物腰と優雅な動きがなんとノーブルなこと! オペラグラスで覗いていると、花嫁候補と踊っている時、オディールの登場、オディールとのパ・ド・ドゥと細かく撫??tけていて、深く役に入り込んでいるようだった。この人のアルブレヒトが観てみたい。

そして、ザハロワ=オディール。
自信に満ちた圧倒的な存在感で登場し、ひとたび動き出せば、こちらの期待をさらに上回る。ウヴァーロフとのパートナーシップも素晴らしく、二人の作り出している空間だけ空気の緊張感さえ違うかのようだ。2幕でも4幕でもロットバルトがオデットをリフトするシーンがあるが、同じリフトでもウヴァーロフのそれはスピードも高さも違う。いくら踊り慣れているパートナーといえど、この2人が踊ると、まるで、何か目に見えない化学反応でも起きているようだ。
ザハロワ・ガラのドン・キでは、グラン・フェッテにダブルを入れていたが、今回はシングルできっちりと回っていた。それでも横に上げた脚は90度以上を保ち、回転のスピードが変わることも軸がぶれることもない、安定したフェッテ。それだけで充分美しい。
コーダになるとウヴァーロフも益々調子が上がってきたようで、ジャンプも高く、空中で止まっているかのようだった。この3幕のグラン・パ・ド・ドゥを観られただけでも幸せだ。

終幕は、再び湖畔のシーン。2幕とは違い、どこか地味で寂しげなワルツに、豪華だった3幕から盛り下がってしまうかと思いきや、ここでも見事なコール・ド・バレエに、観ている方はどんどん引き込まれていく。「白鳥の湖」はどうしても3幕が派手で見応えがある分、4幕になると尻すぼみ感を受けがちだが、逆に4幕のクオリティーが高いと、作品の質が一気に上がる。ザハロワもウヴァーロフも益々、役に入り込み、その視線や顔の撫?ミとつひとつが、虚しさや悲しみを訴えかけるようだったし、コール・ド・バレエも一人一人の緊張感あふれる息づかいが感じられるようだった。このコール・ド・バレエまでをひっくるめた一体感や緊張感はこのバレエ団の個性であり、財産だと思う。

ひとつだけ、残念だったのがオーケストラ。指揮者はダンサーの動きをよく見て細かい指示を出していたように見えたのだが、いかんせん金管がよくなかった。金管は音を外すとバレバレなのだ。全員が悪いわけではないのだろうが、素人にもわかるような音の外し方はいただけない。今回は2幕のワルツと3幕のコーダで、ちょっと耳障りな音外しがあり、特に3幕のコーダは、踊りが最高潮に盛り上がるシーンだっただけに、本当に残念だった。