プロ根性

レニングラード国立バレエ 「ライモンダ」
1233407225昨日は仕事を早々に切り上げて、Bunkamuraのオーチャードホールへ向かった。
レニングラード国立バレエ団の「ライモンダ」を観るためだ。
毎年、大規模な引越公演を続け、日本でもお馴染みのバレエ団だが、今年は新しく「ライモンダ」の全幕がプログラムに加わった。全公演のうち「ライモンダ」は2回だけなので、このチャンスは見逃せない、と楽しみにしていた。

配役は、主役のライモンダにベテランのオクサーナ・シェスタコワ、ジャン・ド・ブリエンヌには長身のマラト・シュミウノフ、時として主役より魅力的な役どころのアブデラクマンにアレクサンドル・オマール、ライモンダの友人にタチアナ・ミリツェワとイリーナ・コシェレワ。女性陣は何度も観ているメンバーだが、男性陣は(別の役で観ているのかもしれないが)主役どころで観る、という意味で、初見。グラズノフの音楽への期待も高かった。

ライモンダ役のシェスタコワは、このバレエ団で一番好きなダンサーだ。
彼女は、飛び抜けた身体迫ヘや人間離れした体型を誇るダンサーではないが、安定したテクニックに加え、阜サが豊かで細やか、叙情性あふれる演技で楽しませてくれる。
役になりきり、空気まで変えてしまう阜サ力に、いつも感嘆させられる。以前、ガラで「ライモンダ」を観たが、遠征に行った婚約者を想い、夢の中で踊るパ・ド・ドゥは幸せなオーラが溢れ、たった数分だったのに、ライモンダの夢の世界に引き込まれてしまった。

幕が上がると、そこは中世フランス。ライモンダの誕生日の祝宴という設定で、次々と踊りが繰り広げられる。ここでは、ライモンダだけがクラシック・チュチュを着ていて、踊るパートも多い。それだけ、シェスタコワを堪狽ナきるというわけだ。

ところが、どうしたころだろう。どうも集中できていないのか、小さいミスが目立った。
パ・ド・ブレでつまづいたり、プロムナードを回りきらずに脚を下ろしたり、バランスが崩れたり。それも1回や2回ではない。夢の場の最後、アブデラクマンとの絡みでは、見せ場のリフトで失敗してしまった。どこか怪我でもしているのか、あるいは体調を崩し、熱でもあるのか。シェスタコワの舞台は何度も観たことがあるが、こんな彼女は初めてだ。
考えてみれば、彼女は、今回の日本公演の全ての演目で主役にキャスティングされている上、主役以外にも、白鳥では「パ・ド・トロワ」、眠りでは「ダイヤモンド」、ジゼルでは「ミルタ」にキャスティングされている。自分が主役を踊らない日も、なにがしか配役されている、というスケジュールをこなしているようだ。

そのための疲れなのか…..。オペラグラスから見られる彼女の撫?ヘ堅く、自分の身体が思い通りに動いていないもどかしさのようなものが感じられた。
「いつもの彼女ではない」というのが率直な印象だった。

1幕がそんな調子だったので、2幕ではリフトされる度に、上で気を失いやしないかと余計な心配をしてしまった。
その2幕では、祝宴に(誕生日の祝宴が2日間にわたって行われているのか??)アブデラクマン一党が乱入してくる。

ここではアブデラクマン一行によるディベルテスマンが展開される。東洋的でエキゾチックな踊りが多い中、なぜかスパニッシュがあるのはご愛嬌。
サラセンの王がスペインまで征服していたわけではないだろうが、様々なグランドバレエに見られるとおり、異国情緒あふれる踊りとして、スパニッシュは定番なのだろう。

アブデラクマン陣営のディベルテスマンに対し、ライモンダチーム(?)ではライモンダとその友人が見せる。ちょっとおっとりとしたコシェレワに対し、ミリツェワはアレグロの切れが良く、溌溂としていた。
肝心のシェスタコワは、慎重そうに踊っていて、目だったミスはなく、持ち直してきた。いつもの余裕は感じられなかったが、観客を落胆させるわけにはいかない、といった気迫があり、最後まで崩れることはなかった。

さて、アブデラクマンは、すっかりライモンダに魅了され、財宝や圧倒的な支配力を示して、彼女に求婚する。恋人を待つ身であるライモンダは、どこか、この人間味溢れる異国の王を心底拒むことができず、困惑する。
そんなライモンダを、アブデラクマンは、興に乗じて連れ去ろうとするが、そこへ恋人の騎士ジャンが戻ってくる。
アブデラクマンとジャンはライモンダをかけて決闘することになり、結果はジャンの勝利で終わる。
このアブデラクマンという役は、単なる悪役ではなく、理想の女性に出会い、魅了され、全身全霊をかけてアタックする憎めない役柄として演じられることが多い。役の設定もエキゾチックでハンサム、人間的魅力をもったセクシーな男性だ。
そういった意味で、今回のオマールは出番も少なめで、存在感が薄かった。プログラムを見る限り、オマールはャ潟Xトではないので、この版では、アブデラクマンの扱いがそれほど重要ではないのかも知れない。

第3幕はライモンダとジャンの結婚式。
ここではハンガリー風の音楽が多用されていて、グラン・パ・ド・ドゥでもその振りやポーズに異国情緒がちりばめられている。グラン・パ・ド・ドゥは主役の他、8組の男女がバックに入り、大変華やかだ。
3幕のシェスタコワは、ほぼ不安を感じさせない調整ぶりだった。コーダのルティレ・バランスでは、音を倍速にとっていたので、やはり本調子ではなく、安全策を講じたと思われる。が、1幕での不調がウモフように、見事に3幕を踊りきった。
ピアノの旋律にのせた独特のバリエーションは、丁寧なつま先使いと優雅でなめらかなアームスの動きがことさら印象的だった。
これがプロなのだ。どんな体調であっても、何か失敗があっても、それを持ち直すことができる。どうすれば、持ち直せるのか、それを経験や技術を通じて、知っていて、また、実行することができる。それがプロの実力なのだ。

カーテンコールのシェスタコワは、瞳の奥に光るものをたたえているように見えた。
体調が悪くても、とにかく観客を失望させまいと、自分をコントロールし、大役を果たした達成感が、彼女の涙腺を緩ませたのかもしれない。