永遠の少女とオトナな『くるみ…』

レニングラード国立バレエ「くるみ割り人形」
“師走も後半に入り、世の中はクリスマスシーズンに突入した感じだ。決して敬虔なキリスト教徒が多いとはいえない日本であるが、商業ベースでの盛り上がりは、キリスト教国を凌ぐ勢いなのではないだろうか…..そんな思いを抱きつつ、12月19日は東京国際フォーラムに向かった。
建物前の広場にはヨーロッパのクリスマス市よろしく屋台が立ち並び、クリスマスのオーナメントや小物が売られていた。劇場に入る前からこんな風に盛り上がれるのは、このシーズンの「くるみ…」ならでは、だ。

さて、会場は国際フォーラムの中でも一番大きいホールA。なんと収容人数5000人超のバカでかい箱である。座席は11列目の40番台。上手の袖より少し中央よりといったところで、他のホールだったら端席になるような位置だが、ここの場合はこの先さらにもう1ブロックが続く。本当にどこまでデカイんだろう。
加えて11列目だとまだ平土間なのだ。座席は前列とずらして配置してあるが、高低差がほとんど(あるいは全く)ないため前々列と重なり、残念ながら、ダンサーの脚の動きは前の人の頭の間からしか見えない。この平土間状態は20列ぐらいまで変わらないようで、前の人の頭が邪魔にならないような段差のある位置だと、かなり後ろになる。一体、この小屋はどこが観やすいのだろう? 遠すぎるか、脚の動きをあきらめるか、なんて哀しい選択だ。
一方で、これだけの規模の小屋で毎日のように公演を打てる集客力には驚くばかりだ。他と比べるとフルオーケストラ付き海外のバレエ団の引越し公演としては、チケット代がリーズナブルだし、毎年来日している実績が固定ファンを育て上げたということなのかも知れない。

本題の公演内容だが、キャストはマーシャにオクサーナ・シェスタコワ、王子にアルチョム・プハチョフ、ドロッセルマイヤーにミハイル・ヴェンシコフ、くるみ割り人形にアンドレイ・ラプシャーノフ、となっている。シェスタコワとプハチョフ以外は初見かな…。

ここの「くるみ…」は子役を使わない。1幕のマーシャを含む子ども達もすべてバレエ団員が扮し、マダム・ギゴーニュの曲はハレルキン(プログラムではピエロとなっている)とコロンビーヌが踊る。全体にオトナな雰囲気だ。冒頭、クリスマスパティーに向かう人々が往来するシーンでは、子役も大人役もマントを来た姿にあまり差がなく、これで大丈夫なんだろうか? と心配になったが、幕が上がってパーティーのシーンになると、あら不思議。子供チームはちゃんと子供に見えるのだ。
ある程度小柄なダンサーをキャスティングしているのだろうが、それだけでなく、仕草やちょっとした撫?ェちゃんと子供に見えるというのは、芸に深さが感じられ、流石である。

主役のシェスタコワがまたいい。既に30歳を超えているはずだが、大きなリボンをつけてパーティではしゃぐ少女マーシャの姿に違和感がない。初々しくて、キラキラしていて、可愛らしい。彼女は、ものすごいテクニシャンだったり、オーラ出まくりの主役キャラではないのだが、とにかく雰囲気作り、役作りが秀逸。ジゼルもオデットもオディールも、ニキヤもガムザッティも、とにかくその役に成り切って、きっちりとこなす。「ドン・キホーテ」の森の女王なんか、考えてみれば、たかだか1シーンのみの出演でバリエーション1曲しか踊らないのに、そのシーンではまさに『森の女王』になりきって存在感を出すことができる。私の大好きなダンサーの一人だ。この日も、必ずしも絶好調ではなさそうな部分も見え隠れしたが、1幕の少女から2幕のグランまで堂々とした踊りで楽しませてくれた。

ここの「くるみ…」では、もう2つ、重要な役を果たしているのがドロッセルマイヤーとくるみ割り人形だ。ドロッセルマイヤーは踊るシーンも多く、演出としても、すべての狂言回しを握っていると言うか、ストーリーテラー的な役割を負っている。それだけに、マーシャの両親をはじめとするパーティーのお客人達とは一線を画した存在なのだが、ちょっとインパクトが弱かった。以前(5年以上前の事だが)に観たときは、190cmを超えていると思われる大柄なダンサーが、確かアイパッチをしていたように思う。その姿からしても、浮世離れをしているというか、得体の知れない秘密めいた紳士、という感じで、とても存在感があったのだ。どうもそれと比べてしまうと、印象が薄かった。

もう一人の鍵を握る役、くるみ割り人形。ここの演出では小道具の人形を使わない。ドロッセルマイヤーが、最初からダンサーが扮するくるみ割り人形を出してくる。この役は、王子に変身すると王子役と交代となるので、人形役の方は終始人形に徹している。カクカクとした制限された動きで、回転やジャンプの高度な技を無撫?ナやってのけなければいけないので、踊る方は、相当しんどいと思われるが、ラプシャーノフはよくこなしていた。ドロッセルマイヤーとは対照的に、小柄な男性ダンサーが演じるが、ゴムマリのように弾む踊りは見ていて小気味良かった。

1幕のねずみは黒タイツに燕尾服風のスーツ、鼻の尖ったねずみのかぶりもの。王様は、これに王冠と紫のマント付き、といういでたちで『ガッチャマン』の””コンドルのジョー””のようだ。このねずみの王様役のダンサー、配布された配役浮ノは名前がなかったが、撫?Lかでノリノリな感じが見ていてわくわくした。こういった脇がしっかりこなしてくれると、作品全体が締まってきてすごく良い!

個人的に「くるみ…」で好きなのが雪のシーン。花のワルツ以上に、フォーメーションやコールドの美しさが楽しめる・・・・・はずが、これは残念ながら座席のせいで、全く楽しめず。何しろ全体が見渡せないし、次々と変わるフォーメーションも虫食いのスクリーンでも見ているかのように、下の方が細切れになってしまうのだ。そこで、オペラグラスで見える範囲のダンサーを適当に見ていたところ、20名(だったと思う)で告ャされているコールドの中に3~4種類のヘッドピースがあった。列やグループで分けているとも思えないので、ヘッドピースが20名分、同じもので揃えられなかったというのが本当のところだろう。プロのバレエ団でもこんな事があるんだ。全体が見渡せれば気がつかなかったかも知れないのに、なまじっか、観られるところをじっくりみていたら気がついてしまった。

2幕のディベルテスマンでは、曲が短いながら、京劇風の極彩色の衣裳もあいまって、中国が一番テクニックで盛り上がっていたように思う。
ラストのグランはアダージオがパ・ド・ドゥではなく、王子に花のワルツのャ潟Xトの男性4名が加わった変形パ・ド・シス(女性1名+男性5名)。「眠り…」のローズアダジオを参考にしたと思われる振付は、複数の男性を使った大技なリフトや、パートナーを次々と変えてのプロムナードが次々と出てきたが、これは普通のグラン・パ・ド・ドゥでも良かった気がする。「眠り…」もそうだが、「くるみ….」もそもそも王子の見せ場が少ない。アダージオの演出を変えるのなら、もう少し王子の存在感を出す方向で変更する、という手もあったのでは? と思った。

とにもかくにも、クリスマスシーズンに観る「くるみ…」は空気が楽しい。一足早いくクリスマス気分を満喫した舞台だった。